説明
本書は,当学会平成21年度大会シンポジウム「農業における企業参入の現状と展望」および22年度大会シンポジウム「農業における『企業経営』の可能性と課題」の報告および総合討議の成果を取りまとめたものである。
戦後の我が国の農業の歴史において,今日ほどこれまでの伝統的な家族農業経営のあり方が問われたことは無い。その背景には先祖伝来の農地と地域社会を大切に守ってきた戦前生まれ世代の農業からの離脱が急速に進むとともに,農地を集積して家族経営の枠を超えた企業経営を実現する農家が各地で出現していることがある。一方,企業経営が出現しない地域では耕作放棄農地が急増し,地域農業の維持存続の危機に瀕している。また,近年における公共工事の減少,2008年9月のリーマンショックに端を発する世界同時不況の影響を受けた建設業を中心とする地域企業は,農業生産に参入することによって保有する重機の有効利用や従業員の持続的な雇用の確保を目指すといった経営行動をとるようになってきている。この背景として,農地法の改正により農業参入条件の緩和が大きく作用したことを指摘できる。
これまでも我が国の農業経営の転換期が叫ばれたことは何度かあったが,現在は最大かつ最終的な転換期であると言えよう。すなわち,家族経営から企業経営へ脱皮する農家の増加,企業の農業参入により新たな農業経営が生まれるなかで,地域農業の持続性を支え,我が国の食料生産と地域の自然や資源を守り未来世代に農業・農村を継承できるか否かの分岐点に我々は立っている。さらに環太平洋戦略的経済連携協定(TPP;Trans-Pacific Partnership)に関わる論議は,保護主義的な農業政策のあり方,食料の安全保障,さらには国土の保全といった問題と密接に関わっている。TPPへの参加を受け入れた場合,果たしてどれだけの数の農業経営,そしていかなる形態の農業経営が生き残れるか誰も自信を持って言えないのが現実である。
こうした我が国の農業経営を取り巻く状況の大きな変化は,伝統的な家族農業経営を前提として理論を展開してきた日本の農業経営学に大きな転換を求める事になるのか,また新たな理論,経営診断・分析手法の開発を不可避とするのか,日本農業経営学会の活動のあり方に関しても大きな問題提起をするものである。
本書は家族農業経営から企業経営への成長,そして他産業からの企業の農業参入に焦点をあてた初めての研究書であり,様々な貴重な情報・知見を提供している。この分野の研究の羅針盤として,今後の研究の方向性を提示する重要な成果をとりまとめている。そして農業経営学の新たな研究分野の開拓に貢献できれば,幸いである。
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