説明
機械や構造物の設計においては,実際の使用環境と外荷重の条件下で構造物中に応力がどのように分布しているかを知ることが不可欠である。また,外荷重がない場合にも,部材中には製造過程や組立て過程において導入された残留応力が存在する。残留応力は機械の「隠れた力」ともいわれ,部材の破壊や疲労強度に大きな影響をもつばかりでなく,部材寸法の安定性をも左右する。残留応力を解析あるいは数値計算から予測することは,現在においても非常に難しく,実験的測定法が不可欠である。また,計算機シミュレーションなどの技術を駆使して求められる負荷応力分布も,多くの仮定のもとに計算された場合が多く,計算法の検証あるいは高度化のためにも実験応力測定法は重要な役割を果たす。
結晶質材料における残留応力の非破壊的方法としては,X線応力測定法が測定精度が高いことから,最も広範に使用されている。
X線応力測定法の標準も制定され,現場技術として広く定着している。近年,検出器あるいはデータ整理手法や解析手法が飛躍的に進歩し,より短時間での高精度な応力測定が可能となっている。
このように,従来から広く用いられている実験室あるいは現場でのX線応力測定では,光源としてX線管球から得られる特定の波長のX線を利用するが,この管球からのX線の侵入深さは表面から高々数十μmであるため,X線で測定される応力も表面極近傍の応力に限られるという限界があった。この限界を克服する手法として,中性子による結晶回折を利用した応力測定が広く利用されるようになってきた。中性子は材料中に深く侵入するため,材料内部の材料内部の残留応力測定に適している。この手法も今後の大きな発展が期待されているが,現状では光源の強度が十分でなく,空間分解能では放射光に劣る。現在,新しい強力光源として大強度陽子加速器(J-PARC)計画が進行しており,この問題も解決に向かっているが,しばらく待たなければならない。
一方,シンクロトロン放射光は,高輝度,高平行度,さらに任意波長の単色線が得られるなどの特徴を有し,応力測定のための新しいX線光源として注目されている.特に,第三世代のシンクロトロン放射光から得られる短波長の高エネルギーX線は,材料の内部まで侵入し,しかも空間分解能が非常に優れている,放射光応力測定技術は,高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリ(PF)において行われていたが,高輝度光科学研究センターの大型放射光施設(SPring-8)の本格的な利用で大きく進展し,従来技術では考えられなかったような展開が行われ,従来のX線応力測定の常識が覆させられている。放射光の強力な単色光と高平行性は高精度の解析を実現し,微小領域の応力ひずみマッピングはもとより,薄膜や界面の応力計測を可能にしてきた。また,高エネルギーの利用は,材料内部の応力測定を可能にし,ひずみスキャンニング法や侵入深さ一定法などの新しい手法が開発されている。このような放射光応力評価はわが国ばかりでなく,海外においても飛躍的にしかも急速に進展している。
しかしながら,放射光による応力評価技術が広く産業界で知られているとはいい難く,実験の実際技術に対する認識も低い。この優れた技術が産業界で利用されないことは大変残念である。この一つの要因は,新しい手法であり,それを解説する良書がないためと考えられる。
本書では,第1章で結晶回折法による応力ひずみ測定の原理と,放射光の発生原理と利用できる放射光施設について述べた後,第2,3章で放射光による応力評価の基礎と実際測定のノウハウを説明する.次いで,第4,5章で放射光の各種の研究開発への応用例を述べ,さらに放射光による応力評価の将来技術,X線CTによる材料内部の欠陥評価や動的な材料特性評価など,応力評価以外の期待される将来の放射光技術の展開について述べる。発展する放射光による応力評価技術の基本,基礎をまとめるとともに実験のノウハウなどを述べており,実際に実験する場合の入門書として技術者・実験者に役立つことを願っている。また,将来に対する新しい展開および産業利用への応用を述べることから,放射光の産業利用の一層の発展を引き起こすことも期待している。
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