説明
新緑が芽吹いた里山には水が入り始めた水田が広がり、小川に生き物の気配を感じながら、集落に鯉のぼりや吹き流しを眺める。そのような農村の風景には誰もが安らぎを感じる。
このような空間は、先人達が長い年月をかけて農地を拓き水を引いて農業生産の場とし、安全な場所に生活の場を築き、そこに文化を醸成してきたことで創り出された。管理された農地や農業水利システムは、国民食料の安定供給の基盤として、また国土保全機能や生物多様性保全機能等の公益的機能を発揮する場として、さらに農村の営みが育む美しい景観や伝承文化は人の心を豊かに、優しくする資源として、いずれもなくてはならない国民共有の資産となっている。
かつて日本学術会議が農業の多面的機能を検討した際、国土保全機能のように代替法などで経済評価を行ったが、農業にはそれらよりもはるかに膨大な機能があるとした。とくに、その資産的価値が計りにくい要素は、人格形成に及ぼす効果である。農村を体験し、あるいは深く関心を持つことで、水や土の大切さ、生命の大切さ、人と人の絆の意義と自らが果たすべき責任を正しく理解できる資質が育まれる。自然環境の持つ容量や循環の原理を逸脱したことで滅んでいった文明の歴史に理解がつながり、経済社会のグローバル化の中で、水資源の濫用や生態系の破壊、地球温暖化や食料不足等が進行する現状とその問題点を正しく捉える力につながるに違いない。古い時代から校歌には必ずと言っていいほど地域の山川などの自然が謳い込まれている。それは立地を表すに止まらず、人を育む環境を謳ったものと理解される。
農村工学研究所は、今、農村振興施策を科学技術面から支援するため、農地・水資源や農業水利施設等ハード面に係る研究と、農村景観や多様な生物、そして地域の社会機能とそれを支える伝承文化等の農村資源を守り活かすソフト面の研究を推進している。
本誌は、養賢堂発行の「農業および園芸」誌、第83巻第1号(2008年)上で特集された内容をベースに、加筆・再編し、農村のソフト面に係る研究活動を紹介したものである。緒についたばかりの研究もあるが、農村工学研究所が工学、環境科学と人文・社会科学の分野の総合化により農村研究に取り組んでいる姿を理解いただければ幸いである。
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