説明
栽培植物は、前史以来、常に人類の手によって改良が加えられ続け、人類は自らの食料生産に都合の良い栽培植物としてきた。古くはメソポタミア文明の遺跡にすでにその例があるという。そしてひとつの例をあげると、トウモロコシはいまとなってはどんな野生種から栽培化されたのか、皆目見当が付かないまでに、新大陸発見のずっと以前にインディオたちが改良しきってしまった。
有史以来、その間にも栽培の近代化が進むにつれて、さまざまな改良の方法が編み出されてきた。ごく最近では、DNAを操作することによって、予想もしなかった改良技法すら実際に使われ始めている。しかし近代遺伝学が20世紀の初めに産声をあげるとともに、栽培植物や飼養動物の周辺で大きく取り上げてこられたのが、人為的に交雑した一代雑種(の種子)をそのまま栽培に利用する育種方法である。つまり一代雑種は近代遺伝学の発展とともに、飛躍的に栽培植物の生産性と生産力を高めてきた育種の方法ということができる。とくに、20世紀の後半ともなると栽培植物の繁殖方法についての科学研究が大いに発展したこともあって、一代雑種を利用するという方法が格段と進歩・拡大した。あらゆる作物種において雄性不稔性・自家不和合性といった特性の発見と研究の進展があり、20世紀の初めの3四半世紀までには思いも及ばなかった作物種すら、一代雑種という育種方法の対象になっていった。たとえば人口が14億にもなろうという中国大陸や、やがて10億にも近づこうとするインド大陸では、その食料、とくにイネの生産量の確保に一代雑種が大きく貢献し始めている。
この100年の間、一代雑種という育種方法について、国外ではことあるたびにシンポジウムが開かれ、その内容が取りまとめられて出版されているが、わが国では残念ながら、ここに取り上げる「作物の一代雑種」のような類書は見当たらない。「あとがき」で触れているように、わが国の食料生産の中心が自殖性作物であって固定品種の状態でもかなり高い生産性のイネであること、イネであったことと無縁ではないと思う。しかし、20世紀の最後の四半世紀を振り返ると、そのイネにおいてすら国によっては一代雑種によって、生産性の向上と多収穫をめざし実現してきた。また後半の50年でトウモロコシは単収を倍増させ、わが国の野菜では一代雑種を用いることによって、多くの障害から回避して形の整った野菜を供給したのみでなく、国外にも一代雑種の種子を供給してきている。
本書「作物の一代雑種」では、まず大方の野菜類、トウモロコシ、それにいくつかの工芸作物や飼料作物さらにイネについて、一代雑種という形式がどのように用いられてきたか、またきているのかの実際を、その作物種の特長に触れながら述べている。次に、一代雑種は20世紀の近代遺伝学の確立がきっかけになっていることから、一代雑種がもたらす雑種強勢、すなわちヘテロシスを遺伝学はどう見ているのか、どのように研究してきたのか、またきているのかについて触れている。最後に一代雑種では、毎回交雑種子を生産しなければならないことから、高等植物の繁殖方法についての科学の発展と、そのことが一代雑種種子の生産を大変しやすくしたことについて解説している。
著者はその研究者生活のかなりな年月を、ヘテロシスの遺伝学研究と一代雑種に結局は帰結するもろもろの研究に費やしてきた。そこで一代雑種に関わる諸問題について、非力を省みずその概略を万遍なく記述したつもりである。一代雑種、ハイブリッド、F1とさまざまな言い方で広く知られているものとヘテロシスという現象について、読者が理解の一助にしていただければ幸いなので、あえて本書を著すこととした。
(序文より)
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