説明
陸軍軍医である森鴎外は、職業からみても『阿部一族』などの作品から想像しても、気むずかしい人であったように思える。が、実際はさにあらず。意外にも子煩悩で息子とその友達を引き連れて上野動物園に出かけたり、クリスマスツリーを囲んだり、ガーデニングにいそしんだり、という優しい心の持ち主だった。
鴎外の趣味がガーデニングであったということは、一般にはあまり知られていない。だが、彼の書いた小説や戯曲、翻訳を読むと、かなりの花好きであったことがわかる。それらの作品には、珍しい花を含めてたくさんの植物が登場する。たとえば、『伊澤蘭軒』には百種を超える植物が記されている。また、『秋夕夢』にはミルツス(ギンバイカ)、『澀江抽齋』には柳(ギョリュウ)、『山椒太夫』には柞(カシやナラ類の古名)が使われている。鴎外は博識であったことから多種類の植物が登場すると思われるが、それだけではなく無類の花好きであった。
自邸の庭には、とくに好んだといわれるナツツバキをはじめとして、グビジンソウ、サントオレア、キキョウ、クジャクソウ、ヒアシンス、マツバボタンなど色とりどり、百種を超える花が植えられていた。鴎外のガーデニング好きは、彼自身が書いた『花暦』と日記が証明している。それらを見ると、彼にとってガーデニングは趣味の一つであっただけでなく、多忙な日常にあって、心をなごませてくれる貴重な時間でもあったのだろう。
鴎外がガーデニングを始めたのは、今から百年以上も前の明治二十五年のこと。以後、彼は大正十一年まで三十一年間の長きにわたって、花に囲まれた暮らしをまっとうした。鴎外の半生をかけて愛した花々を、『花暦』と日記などを通して紹介したい。
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