農学というと、一般的に農業に直接関係する学問のみを意味すると誤解されがちですが、それは狭義の農学です。日本農学会は、農学を、人類の生存と発展を目標に、生物の生産、保存、食料の加工、貯蔵、流通などに関する自然科学と社会科学の基礎から応用まで幅広い分野を包含する総合科学として考えております。即ち、私たちが考える農学とは、狭義の農学、林学、水産学、獣医学はもとより、広く生物生産、生物環境、バイオテクノロジーなどにかかわる基礎から応用にいたる学問全般のことをいいます。21世紀においては、農林水産業のみならず、すべての産業が地球環境および資源の有限性を視野にいれた資源循環型の社会をめざさなければならず、それは日本農学会の農学の理念そのものでありますが、農学の役割はきわめて大きなものがあります。
ところで、組換えDNA技術やクローン技術などを中心とした遺伝子工学は、前世紀末に見いだされた画期的な技術であります。それらは、将来の人類の食糧確保、健康増進や地球環境の改善などに幅広く役立つ画期的なテクノロジーを開拓しているとの期待が寄せられている一方で、 その意義や安全性について社会の理解が十分に得られていない分野でもあります。それらは、最先端の生命科学、生物科学の成果を基盤としており、一般市民はもとより、農学研究者の間でも、遺伝子工学研究の多岐にわたる成果に関して最新の情報を共有しそれらを理解することは容易ではありません。遺伝子工学等の最先端の生命科学、生物工学に関して、専門家と非専門家・一般市民との間に存在し相互理解を妨げている障壁を取り除くことは、日本農学会の重要な責務であると考えております。
その趣旨から、平成17年度には、作物の遺伝子組換えに関する現状についてシンポジウムを開催いたしました。平成18年は、その続編として、「動物・微生物における遺伝子工学研究の現状と展望」と題して、微生物・動物・昆虫の遺伝子工学の専門家に、それぞれ遺伝子組換え技術やクローン技術など実例とその背景の理論を、それぞれ実際に研究を実施している研究者より紹介していただくとともに、それら技術の将来展望を語っていただきました。また、社会的に関心の高い、遺伝子工学技術を使って作られる微生物や動物の安全性や社会的な諸問題についてもとりあげました。
本書は、シンポジウムの発表や討論から、微生物・動物・昆虫などの遺伝子工学に関する現状をできるだけ平易にまとめたもので、読者の皆様のこれらの問題に対する理解を、一層深めていただけるものと期待しております。
(序文より)
|